高齢者等終身サポート専門行政書士の森です。
いつもは遺言や相続、あるいは「家族信託」といった法的な手続きや制度をテーマにコラムを書いていますが、今回は少し視点を変えて、先日、事務所近くの銀行で見かけたある出来事についてお話ししたいと思います。
それは、私たちが仕事や日常生活の中でつい忘れがちになってしまう、「相手の立場に立って考える」という大切なことについて、改めて深く考えさせられる出来事でした。
ATMで出会ったご婦人とケアマネジャーさん
ある日の午後、私が銀行のATMコーナーで現金を引き出ししていたときのことです。
私の隣には、車椅子に乗ったシニアのご婦人と、その付き添いをされているケアマネジャーらしき女性がいらっしゃいました。
ご婦人はお耳もしっかり聞こえており、お話しぶりも非常にハキハキとされた、お元気そうな方でした。
ご婦人がケアマネジャーさんに、「一万円を引き出したい」とお願いされ、ケアマネジャーさんが代わりにATMを操作し、現金を引き出されました。
しかし、その後のやり取りに、私は思わず耳を傾けてしまいました。
「一万円札」か「千円札十枚」か
ケアマネジャーさんが引き出したのは、「一万円札一枚」でした。
それを受け取ったご婦人は、少し困ったような表情でこうおっしゃったのです。
「千円札十枚で欲しかったんだけど……」
するとケアマネジャーさんは、少し無愛想に「最初から言ってほしかったわ」と返し、「じゃあ、これを一度入金して、もう一度引き出し直しましょうか?」と続けました。
ご婦人は、申し訳なさそうに「……今回はもういいわ」と、そのまま一万円札を受け入れられました。
この光景を見て、私は行政書士として、そして一人の人間として、非常に残念に思うことが二つありました。
想像力を働かせるという「プロの配慮」
まず一つ目は、現金を操作する前に「千円札と一万円札、どちらがよろしいですか?」という一言の確認がなかったことです。
ご婦人が「一万円を引き出す」目的が、日常のちょっとした買い物や支払いであるならば、千円札の方が使い勝手が良いことは容易に想像がつきます。車椅子で生活されている方にとって、レジで大きなお札を出す手間や、小銭が増えてしまう負担は、私たちが想像する以上に大きいものです。
「相手がそのお金をどう使うのか」という一歩先の状況に思いを馳せることができていれば、自然とその一言が出たはずではないかと感じました。
「もういい」という言葉の裏にあるもの
二つ目に残念だったのは、ご婦人が「もういい」とおっしゃった後、そのままにしてしまったことです。
ご婦人が「もういい」と言ったのは、決して納得したからではありません。ケアマネジャーさんに手間をかけさせてしまうことへの「遠慮」や「申し訳なさ」から出た言葉だったのではないでしょうか。
もし私がそのケアマネジャーさんの立場だったら、たとえご婦人が遠慮されたとしても、「私の配慮が足りませんでしたね。すぐにやり直しますから、少しだけ待ってくださいね」と笑顔で対応し、ご希望通りの千円札をお渡ししたと思います。
ケアマネジャーさんは、日頃から大変なお仕事をされていると思います。今回の件も、たまたまお忙しかったのか、あるいは別の事情があったのかもしれません。しかし、支援を必要としている方にとっては、その一瞬の対応が、その日の心の持ちようを左右することもあるのです。
「想いを形にする」行政書士として
私たち行政書士の仕事も、実はこれと全く同じです。
遺言書を作成したり、相続の手続きを進めたりする際、私たちは「法律的な正解」だけを求めているわけではありません。お客様がどのような人生を歩まれ、どのような想いでその財産を遺したいと考えているのか。その「声なき声」を丁寧に汲み取ることが、何よりも大切だと考えています。
「一万円」という数字だけを見るのではなく、その先にあるお客様の「生活」や「感情」に寄り添うこと。
事務的に手続きをこなすのではなく、お客様の立場に立って「何が一番の安心につながるのか」を追求すること。
銀行での出来事は、私自身にとっても、初心に立ち返るための大切な教訓となりました。
まとめ:皆様の「心」に寄り添うパートナーでありたい
ほとんどのケアマネジャーさんや専門職の方々は、日々、素晴らしい配慮を持って活動されています。
私自身も、今回感じた「残念さ」を反面教師として、これまで以上にお客様お一人おひとりの立場に立ち、きめ細やかなサポートを心がけていきたいと強く思いました。
法的な手続きは、時に冷たく感じられることもあるかもしれません。
だからこそ、当事務所では、専門家としての確かな知識に加え、温かい「配慮」と「想像力」を持って、皆様の終活や相続のお手伝いをさせていただきます。
どんなに些細なことでも構いません。皆様の「本当の願い」を、ぜひ私たちにお聞かせください。